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この世は終わりますよ、日本はこれから絶対戦争しますし
日本は戦争で本当の屈辱を味わいませんでした。
どうせ痛い目に合うまで戦争する方向に突っ走ります。私はその顛末が目に見えるし、嘲笑ってます。
想像力がない上、プライドだけは人一倍強いからね。

本当の屈辱とは、民族性、アイデンティティ、自己同一性のもろもろの、全否定の事を指します。
日本人には、そういった体験は、ありません。

はっきりした勝算があって戦争するならよくわかりますがね。
それがなければ、どうせ負けてもどうってことがないという楽観視とか、結果なんてわからんけど玉砕しろという以前あった精神が残存しているかどちらかですね。

人は痛い目に遭うまでそれを繰り返すことをやめないという心理があるからね。
まあ痛い目に遭っても学習するどころか被害者ツラを振りかざすようであれば、その者に進歩はありませんよ。
脳みそそこで止まっちゃったんでしょうとしかいいようがない。

今流行りの画像生成などのAI、とくにGANアーキテクチャの構造知ってますか?
ひたすら「あんたは間違いです」という情報を叩きこみ、修正を繰り返していくんですよ。
あるいは「それは正しい」と教え、そこを強化していくことでもありますね。

人間は絶えず、自分の理想とする者と自分自身との損失関数とか誤差関数を算出する必要がありますよ。
そして誤差逆伝播にて勾配更新させるべしですね。
このような理想の学習スタイルをAIに乗っ取られ悔しくはないのか?

まあ暇さえあれば優越感を感じるためのマウントと嘲笑を繰り返すのが現代人でしょ?
しかしそれは本人の敵対者である識別者の役割です。
いっておくが、本人自身はジェネレーターにならないと成長はままなりません。
いつだって出鱈目で、傷つき、そして物乞いでなければならんのです。

自分は誹られていると感ずるものだけが勝利するんですよ?
担ぎ上げられている者に訪れるのは、老いて必要とされなくなり、惨めにやってくる死だけです。
誰からも必要とされなくなる日が、人間には例外なく訪れます。
それを早いうちから体験して一度死んでおくか、偽りの称賛に身を沈めるかのどちらかでしかない。

私は二度死を体験しました。一度目は誰からも必要とされなくなるという体験です。
二度目は、そののち必要とされて担がれたあげく、全ての人間から嫌われるという経験です。
その経験を、早いうちからやっておいたほうが人は自分が実の所何者なのかということに気が付けるでしょ?
誰からも承認されないという上で、本当は何が欲しいのか、もうすぐさま洗い出せるというわけですよ。

そして、生きているうちは、担ぎ上げと引き落としを、無限に繰り返す可能性があるということです。
何度も有頂天になったあげく、全員に見捨てられ、再び考え直すというサイクルのことですよ。

キリストなんかは一回的であり、たった一度見捨てられて命を落とし、それで神になりました。
そんなこと二度も三度もあったら神を超えています。
しかしいわせてもらえば、それなら現代AIは神を超えたのです。
なんせ担ぎ上げ(正)と引き落とし(否)の無間地獄に陥ったのですからね。かの成長力とは、無限大ですよ。

でもその体験を一度でもした時、現代人は間違いなく命を落とす時代となりました。
承認だけが全ての世の中ですよ。
非常によくないですね。
承認のための承認なんざ必要じゃないということに、さっさと気づくべきです。



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しかし一番は、無関心なんですよ。
「相手を人と思うな。」というのは、まさに至言ですね。
そうですね、相手は人ではありません。犬畜生か何かなのですよ。

犬畜生には無関心が一番でしょうね。
特に言動に一喜一憂せず、無関心でいることが一番なんですよ。




一番の仕打ちは、心底から嫌い、「差別」することだと思ったでしょう。



日本は米国に核落とされて黙っちゃったでしょ?

でも核を落としても覆らないものがあって、それこそが何しろ無関心なんですよ。


好きの反対は嫌いなどという人がいるが、毛嫌いし、差別すれば、人に、好きとは逆の打撃を与えられると思ったのでしょうか。

しかしながら犬に差別されて憤る人間がいるのでしょうか?

相手が貴方を、果たして人間と見做してくれるのでしょうか?




例えば復讐心に燃えているうちは、まるでダメなんですよね。
復讐のために何が発達しようと、何が優れようと、復讐は復讐でしかないんですよね。

そのようにして惨めな下位の者として生きている内は、何が発達しようが惨めなんですよ。
ずっと、上にいる人に向かって吠え続ける態度を辞められないという意味でね。


一番の復讐はね、復讐を辞める事ですよ。
復讐の域を出ないものしか生み出せないのだから、辞めるべきなんですよね。

それは、仮想敵である、上にいて高笑いを続ける人間、という想定をなくせということを意味している。
何故ならそれがある限りにおいて、貴方は一生上のほうから嘲笑われる人生だけを気にするからである。



特にそういうことに囚われていると、それを打ち消すことしか考えられなくなる。


最近盛んなAIの技術のひとつに、敵がいて、敵の作った偽物か本物かを判定し、その能力を何度も書き換え、本物を判定することに近づいていく・・・という仕組みがあるんですよ。

架空の顔写真を作る技術とかそうであったはずですよ?




復讐者の場合、「本物」の部分に「敵」が入るんですよね。

すなわち自分は敵にとって脅威になったか否かということだけを判定して生きている。
敵が中心の人生なのですよ。


宗教が廃れたとはいうが、自分の中に、「これが本物(神)である」というイメージがない、自分と比較するための本物や神のイメージがないというのも悲しいことですね。

代わりに敵とばかり比較する、自分は敵を蹴散らす能力があるか、否か?
ただそれだけが信条の人間が増えましたよね。

このくらいの能力を手に入れよう!という目標の代わりに、自分の味方以外を排除する能力だけが発達してもねえ・・・



「無関心」はね、「私は他に信じていることがありますから」という気持ちに端を発している。

それだけで、同時に「だから他のものを信じてません。」ということも意味するでしょ?

じゃあなんで人はわざわざ敵を作って排除するという行為にまで及ぶ必要があるのか?

その人は実の所信じてるものがなにひとつとしてないからでしょ?わざわざ否定しないと何も証明できないからでしょ?
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猿の威嚇を真正面から受け止めている
よく「●●に対抗して」という言葉があるじゃないですか。

対抗するということは、その何かに対して真正面から受け止めた上で拮抗することを指すのですよ。
この「拮抗する」とか「対抗する」という態度を、間違った時に使ってやしないか。


特に、何かを取り除きたいのに、その何かに対して拮抗しはじめたり、何かを上回りたいのに、その何かに対して抵抗しはじめたりすることがありませんか?

抵抗や対抗や拮抗というのはね、その何かの力に対して逆向きの力を発揮することでしかない。
すなわち、死んでも対峙しているその何かを上回ったり、何か新しいことが起きたりすることは、無い。


特に、人から挑発されて真正面切って睨みつけた状態に、等しい。
人の挑発を真に受けた態度なのですよこれは・・・
果たしてそうしたくてそうなったのか?という冷静な考えは、必要。


例えば貴方が野良猫だとすれば、威嚇音発生装置の音にただ腹を立てて、空に向かって文句を言い続ける状態に、まさに等しい。
空に向かって、というのは、まず人間に向かって文句を言う段階にすら達していない可能性がある。


貴方が人間に好意を示す猫の場合なら、人間と交渉する術を学ぼうと思うのが先決かもしれませんよ。
しかしさらに言うとしたら、交渉に人間が応じるかどうかという話です。

交渉よりもっと正確に人間の手の内を知る方法ってあるじゃないですか。

そう、人間の出す情報を、まず受け取らないことなんですよ。
逆に言えば、情報を知る時、人間とか人間の味方づてで知ろうとは思わないことですよ。

何故なら人間は、都合の良い、知ってほしい情報しか発さないからです。


例えば敵国が、不利な戦況で、自分は有利であると国民にプロパガンダを発するじゃないですか。
そんなの信じるの盲目の愛国者だけでしょ?

しかし喧嘩で挑発されたらどうです?

そんなの信じるの盲目でしょっていう言葉が通じます?
逆にそれを無視するのは臆病者なんだなんて声が聞こえてくるでしょ?

しかし考えても見れば、その挑発というのは、プロパガンダの一種であり、貴方に受け取ってほしいから発された、ただの都合のいい情報なんですよ・・・



特に、敵意や反感を煽るような情報って、人はたちまち真に受けるじゃないですか。
挑発されたら何にも考えずに突進する性癖があるじゃないですか。頭の中が真っ白になって・・・

しかしその挑発が、まさに突進してもらうために発されたんなら?といったらどうですか?
いい加減相手が出している情報以外のことを気にする必要があるんですよ。

挑発されるのは、実のところ何故だろうか?という疑問くらいは持つべきでしょうね。
もっと進めば、相手が何を欲していてこうなっているのか等ですよ。

「ああこいつ、こうすれば相手が不快になると思ってんだな・・・」
「ああ人間ってさ、超音波出しとけば猫が逃げると思ってるよねw」




案外日本国内で発される情報より、敵国の情報のほうが正しいかもねーということと、同義なんですよ。
戦時中は確かにそうでしかなかったということですよ。



果たして、自分にとって都合のいい情報から抜け出せますか?
それをしない限りに於いて、人は「猿の神」に支配され続けるんですよね。
猿を神だと思っているということです。


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